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寧嬰嬰とある日の夫

番外編・冰哥冰妹のあとの冰哥と寧嬰嬰(狂傲~の世界の方)









寧嬰嬰が宮殿の中を歩いていると、廊下の向こうから夫――洛冰河が虚空を見つめているような顏で歩いてくるのが見えた。少し前に洛冰河を見かけた時はその時もまた少し様子がおかしく、どこか憔悴したような顔をしていたのだが、今日の様子はそれともまた異なっていた。
「師姐、いや……嬰嬰」
「?」
もう何年も呼ばれなくなった懐かしい呼び方をされて寧嬰嬰は一瞬不思議に思ったが、なんにせよ洛冰河の方から声をかけてきてくれてほっとした。昨日での洛冰河は近寄り難い雰囲気を出しており、妻たちの誰も声をかけることが叶わなかったからだ。
「少し疲れているんじゃないかしら?こちらで休んだら?」
寧嬰嬰が洛冰河の手を引いて長椅子に腰かけさせると、茶を淹れに行こうとする寧嬰嬰を引き留めて隣に座らせた。洛冰河はいつも妻たちに優しかったが、ある頃からどことなく睦み合っている時でも心ここにあらずな様子を見せていたので、洛冰河の方から近くにいてほしいと言われたようで寧嬰嬰は喜んで隣に座り、膝枕をしてやった。
洛冰河は甘えるように寧嬰嬰の膝を撫で、こんなことを言った。
「嬰嬰、久しぶりに師姐と呼んでも?」
「どうしたの?じゃあ私も阿洛と呼ばせてもらおうかしら」
「はい」
まるで二人が少年少女だった頃のような会話に、寧嬰嬰はくすくすと笑う。何があったかはわからないが、今日の洛冰河はそのような気分なのだろう。
「……師姐、私の師尊はどこにいるのでしょうか」
「え……?」
思いがけない言葉に寧嬰嬰は息が止まるかと思った。洛冰河は妻たちに残虐な様子を知らせないようにしていたが沈清秋を水牢に閉じ込めた上で虐殺したことはなんとなく耳に入っていた。寧嬰嬰自身が沈清秋に直接何かをされたことは一応ないのだが余罪は多く、洛冰河の行いも復讐であり正義の執行であると理解している。
そんな洛冰河がなぜ今になってまるで懐かしむような口ぶりで師の話を持ち出すのだろうか。
「阿洛、師尊はね……」
あなたが殺したのでしょう、と寧嬰嬰は言うことができなかった。沈清秋の存在は洛冰河の心の中の最も暗い部分を支配している存在で、迂闊に他人が口を挟むことができない。沈清秋の取り扱いを誤って洛冰河の逆鱗に触れた人間や魔族を何人も目にしたことがある。
「師尊が私を大切にしてくれる可能性はなかったのでしょうか」
「……阿洛は何も悪くないのよ」
「何も悪くないのに、何故……?」
「阿洛……」
寧嬰嬰はただ洛冰河の髪を撫でることしかできなかった。
「師姐、私は知りたいのです」
洛冰河は寧嬰嬰の膝の上で顔を伏せた。
「それなのに、師尊は何も私に教えてくれなかった」
洛冰河は言葉を覚えたばかりの子どものように、何故、どうして、と繰り返し、寧嬰嬰はいつまでも夫を優しく撫でていたのだった。





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