邂逅前夜
無厭子と沈九は翌日に控えた仙盟大会での打ち合わせをしていた。無厭子曰く、仙盟大会は格好の獲物が揃っている場なのだという。沈九は無厭子から話を聞かされるまで仙門の者たちがそのような大会を行っていること自体知らなかったが、名門出身の若い子弟たちを狩って回ることは少し胸がすくような気分になるのだった。
「確かに腕の立つやつがいることはいるが、いつものようにやれば問題ない。何せどいつもこいつも世間知らずだ」
そう言って無厭子は鼻で笑う。前回の仙盟大会では得意の悪知恵と悪辣な術で何人もの子弟たちの隙をついて大量の戦利品を得たという無厭子の自慢話は何度も聞かされたものだ。しかしこう何度も聞いていれば、沈九も四大門派の子弟たちを相手に無厭子の元で身につけた術で腕試しをしたいという気持ちにもなってくる。
「師父、強いやつってどのくらい強いんですか」
「そうだな……俺が見かけたのは」
無厭子はしばし考え、その後に顔を顰めた。
「ああ、あれは幻花宮の一番弟子だ。女のくせに滅法剣が強くてな、ああいう手合いを相手にするのは時間の無駄だ」
忌々しげに吐き捨てるところを見ると、その女には敵わず手が出せなかったのだろう。しかし無厭子は何かを思い出したようでにやにやと笑いながらこんなことを言った。
「だがその女のことは今年は心配しなくていいぞ」
「なぜ?」
「はは、あの女は天魔に手籠めにされて魔族の子を孕んだ挙句行方不明だと。仙盟大会なんぞに顔を出してる場合じゃないだろう」
「………」
沈九たちには関わりのない話だったが、少し前に各地の門派が集結して大きな戦いがあったことは風の噂で耳にしていた。無厭子にしてみれば溜飲の下がる話かもしれないが、魔族に手籠めにされた女のことを思うと沈九は吐き気がするようだった。もしその子供が無事に生まれたとしてもどのような人生を辿るのだろうか。沈九よりも悲惨な境遇になるかもしれない。
「そうだな、今回は玄粛剣……だったか?ちょっと名の知れてるやつがいるらしいがまあ恐がるような相手ではないだろう」
「ふーん……」
無厭子の話す名を聞き流しながら、沈九はぼんやりと魔族の子を孕んだ女のことを考えていた。
「まあいい、今日はもう休め」
「はい、師父」
「最初は規模に圧倒されるかもしれんが、実戦経験は俺たちの方が上だ。幻花宮がなんだ、蒼穹山がなんだ、目に物見せてやれ」
「はい」
緊張か期待か、沈九が返事をする声はわずかに震えていた。
沈九の運命を変えることとなる一度目の仙盟大会が近付こうとしていた。
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