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落ち着きなさい

本編ラスト後、仙姝峰師弟の話。









ここのところ一番弟子である柳溟煙の様子がおかしい、と齊清萋は訝しんでいた。
柳溟煙は仙姝峰の子弟たちの中でもとくに才気煥発であり、峰主たる齊清萋も頼りにしていたものだ。そんな柳溟煙は、最近では突然わけもなく立ち上がってうろうろしたり、遠くを眺めてため息をついたりしている。用事があって齊清萋が声をかけた時も、ぼうっとしていて返事をし損ねたり、とにかくこんなことは今までにはなかったように思う。
(やはりあのことがきっかけか?)
とくに仙姝峰や柳溟煙自身に何か起きたというわけではなかったが、蒼穹山で起きたここ最近で一番の騒動といえば清静峰のあのお騒がせ師弟のことだろう。四大仙門と魔界を巻き込んで一大事を引き起こした挙句、まるで駆け落ちのように手に手をとって蒼穹山を去って行ったあの師弟だ。
齊清萋がふと思い出したのは、今はもう遠い昔のように思える仙盟大会の時のことだ。特別親しいというほどではなかったが、一時は師兄と慕った洛冰河があのようなことになり思うところがあるのかもしれない。蒼穹山を去る二人を見つめる柳溟煙の様子は確かに只事ではなかった。
「溟煙」
「……師尊」
柳溟煙を呼び出すと、齊清萋はなんと言い出したものかと考えながら口を開いた。
「あー……、清静峰の二人のことだが……」
普段であればあんなしょうもない二人のことはさっさと忘れてしまえと言うところだが、もしかわいい愛弟子が何かしら傷ついているのであれば言葉を選ぶに越したことはない。しかし清静峰の三文字を口にした途端、柳溟煙は齊清萋の膝の上に乗り上げるようにして食いついてきた。
「師尊!!」
「ど、どうした!?」
尋常でない柳溟煙の様子にさすがの齊清萋もたじろいだ。面紗から覗く柳溟煙の瞳は何か恐るべき活力に満ちており、ますます齊清萋は困惑した。
「師尊にどうしてもお願いしたことがあったのです」
「……言ってみなさい」
齊清萋が促すと、柳溟煙は膝に縋りつくようにしてこんなことを言い出した。
「沈師伯と洛師兄が洛川で発見された時のことを教えていただけないでしょうか……!?」
「別に構わんが何故……」
「お願いします。理由は聞かないでくださいませ」
二人のことが心配なのだろうか?しかし二人はもうすっかり元気でぴんぴんしているのにあまりに必死過ぎる。訝しがりながらも齊清萋は苦々しい顔で思い出しながらぽつりぽつりと話を始めた。
「あの時のことと言ってもな……。あんな抱き合ったまま死後硬直した死体のような話を……?」
「そこを!詳しく!!」
「ええいお前は一体何をどうしたいのだ!」
「ではもう一つお聞きしたいことが……」
「今度はどうした!?」
「もしも……もしも私が十四の頃に師尊の寝所の夜這いに行ったら師尊はどうなさいますか?」
「何を考えている!?水色を折って叩き出すに決まっておろう!」
清静峰師弟の駆け落ちを目撃してしまった柳溟煙が錯乱の末に齊清萋を困らせ続ける日々はしばらく続いたという。


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