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岳父と呼ばないで

師尊と天琅君にまたちょっと再会してほしいな……という気持ちで書きました。天琅君は夢魔の能力使えるのかな。








ふわりと足元が揺れる感覚がし、見知らぬ場所にいる。普通の人間ならパニックになるだろうところだが、沈清秋にとってはいつものことだ。
(夢の中だな)
洛冰河の夢の中に引きこまれることがしばしばあり、最近では夢で会う約束をして眠りにつくことまであるため慣れたものである。周りを見渡しても洛冰河の姿が見当たらなかったため、名前を呼ぼうと口を開いたその時だった。
「やあ沈峰主、お久しぶり」
「!?」
にこやかに近づいてきた声の主は天琅君であった。無塵大師は天琅君が再び人間界を脅かすことはないだろうと言っていたし、沈清秋もある程度それに同意するところだが、やはり警戒せざるを得ない。
「久しぶりの再会なのだからあまり怖い顔をしないでほしいな」
「あなたとにこやかに話をする義理もないのだが」
周囲の景色は見たことのない街のものであり、つまりここは天琅君の夢の中である。危害を及ぼされるかはわからないが、呑気に雑談をする気にはなれなかった。
「あいつとはどこまでヤった?」
(いきなりセクハラかよ!)
怒ったところで魔族に現代人の感覚が通じるとも思えない。自棄になって沈清秋は答える。
「……やれることは全部ヤった」
「それはめでたい」
「というかあなたも夢を操る能力が使えるのか」
「つまらん力さ。夢で遊ぶより自分の足で歩いて色々見て回った方がずっと面白い」
幼い洛冰河がこっそりと夢魔に師事して身に着けた能力を、とくになんでもないことのように天琅君は言った。さすが古代天魔の血を一番濃く持った者だと沈清秋はしたくもない感心をする。
「で、一体私に何の用だ」
「沈峰主に見てほしいものをふと思いついてね」
天琅君が視線を動かした先にいたのは一組の男女だった。
「……あれは」
一人はどう見ても若かりし頃の天琅君である。つまりその隣にいるのは。
(蘇夕顏……)
背が高く、美しく流れる黒髪をきっちりと結い上げた姿は青年剣士と見まごうほどだ。きりりとした顔立ちに大きく涼やかな目元は確かに洛冰河と雰囲気が似ており、幻花宮の老宮主が洛冰河に妙な執着を見せたのも納得だと沈清秋は思った。
まさかこんな形で洛冰河の母親の姿を拝むことになるとは思わず、つい沈清秋は彼女の方を見つめてしまった。洛冰河という運命の子供をこの世に生み落した張本人であり、洛冰河の心に刻み込まれた消えることのない孤独と寂しさを刻み込んだ一人でもある。蘇夕顏の生き方に沈清秋が何かを言えるわけではないが複雑な気持ちで彼女を見つめ、しかし、隣の男に小さく微笑みかける蘇夕顏はただただ清冽な蓮の花のように美しかった。
「どう思う?」
「どうって……あんたは惚気話でもしに来たのか」
何を考えているのかわからない天琅君の様子に、さすがの沈清秋も苛ついた口調になってしまう。
「いやあ、沈峰主が見たいんじゃないかと思って」
「………」
確かに気にならないと言えば嘘になる。だが、天琅君の心の中を通して洛冰河の両親の姿を見るのはやはり少し居心地が悪かった。
「あの頃は楽しかったよ。人間界で色々な娘と遊んだが、あの乙女はやはり特別だった」
そう言って目を細める様子を見て、沈清秋は視線の先にいる若い頃の天琅君を見た。あれこれと楽しそうに蘇夕顏に向かって話を聞かせる様は屈託がなく、悔しいが沈清秋にまとわりついて話をしている時の洛冰河を彷彿とさせるのは否めなかった。
「感想は?」
「……感想ではないが、前からあなたに言いたかったことを一つ思い出した」
「へえ」
「あんたよりも洛冰河の方が顔がいい。母親があれだけの美形なんだから理屈的にもそうだと今確信した」
沈清秋が早口でそう言うと、天琅君は一瞬ぽかんとしたあと声を立てて笑った。以前、天琅君が自分より容姿が劣る洛冰河の体など要らないと言ったことを沈清秋はなんとなく根に持っていたのだが、当の本人は覚えてないようだった。
沈清秋はむっとした顔で天琅君に言った。
「あなたがこの光景を見せたかった相手は私なのか?他の誰かではなくて?」
「……あれは私のことを父親だと思っていないのだろう」
誰のこととは言わずとも伝わったようだ。
「年寄りの昔話に付き合ってくれそうだったのが沈峰主だったというだけの話さ」
自分のことを年寄りとは全く思っていなさそうな口ぶりで天琅君が言った。
「今さら父親をやるつもりはないと」
「まあそういうことかな。ただ……あれが母親に会いたいと言っていたら連れてきてくれないか」
「覚えておきましょう」
沈清秋が素っ気なく答えると、天琅君は人好きのする笑顔で微笑んだ。


ふ、と辺りが暗くなり、二人の他に人影もなくなった。
「長話をし過ぎたようだ。あまり引き留めても良くないな」
「ええ、これでお暇を」
「夢の外まで送っていこうか」
「結構」
天琅君の申し出をきっぱりと断り、沈清秋は言った。
「我が弟子は今では我が伴侶。呼びかければ必ずこの手を引いてくれる」
「……これはこれは。とんだ惚気を返された」
「冰河!」
沈清秋が洛冰河の名を呼んだ瞬間、天琅君の姿もその心象風景も消え、目の前に洛冰河が現れた。そこはもう洛冰河の夢の中であった。
「冰河」
「……師尊」
沈清秋は目の前の洛冰河の名を呼び、その手を握る。
洛冰河は沈清秋の様子に怪訝な顔をしたが、沈清秋はただ黙ってその手を引いて二人の夜明けへと帰路についたのだった。



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