忍者ブログ

獣二匹

洛冰河が柳清歌に対して悪態をついているだけの話。冰河の性格と口が悪いです。











ケダモノめ、と洛冰河を見てあの男は言った。

柳清歌は洛冰河にとって不愉快な男だった。
少年の頃は今ほど悪感情を持っていたわけではなかったと思う。頻繁に清静峰と百戦峰を行き来しては親しげに師と談笑をしている様子をを見て羨ましいと思う気持ちもあったが、蒼穹山派十二峰の峰主同士の繋がりは家族と呼んでも差し支えないほど固いものだ。そこに一介の弟子が割り込むなど出過ぎた真似だと己の羨む心を洛冰河は戒めていた。沈清秋の隣に並べる人間になりたい、困った時に助けを求められる存在になりたい。そんな願望を胸に、少年だった洛冰河は鍛錬に励んだものだ。
柳清歌と沈清秋は峰主同士の中でも特に仲が良いと思っていたが、しかし特別に親しいのは柳清歌だけではない。岳清源は兄のように何かにつけ沈清秋の様子を気にかけていたし、尚清華は以前はそれほどではなかった気がするが洛冰河が沈清秋に再会して以来よく見ると親しげにしていることが多かった。
だから洛冰河が柳清歌に対してある種の警戒を抱くようになったのは、あの男が己の誇りを投げ打って魂の入らぬ沈清秋の体を奪還するために洛冰河に挑んできた時だった。百戦峰峰主、不敗の軍神、そういった名をほしいままにする彼が膝をつくのも厭わずに力の差が明らかな洛冰河に挑んできたのだ。洛冰河がケダモノ呼ばわりされたのもその時だ。
あの時のことを思い出すと、今では敬愛する師と結ばれた洛冰河は忌々しい気持ちと仄暗い喜びが胸の内に湧きあがるのを感じた。
柳師叔、師尊の死体で私が何をしていると思いましたか?
そう尋ねたらあの男はどんな顔をするだろうか。青筋を立てて怒る?顔を赤くして恥らうようなかわいげがあればまだいいものを、と洛冰河は舌打ちをする。
確かに洛冰河は沈清秋に対して邪な欲望を抱いていた。それは本当のことだった。洛冰河が夢の中で触れて見せるまで本人は気付く様子もなかったし、当時はだいぶ動揺をさせてしまった。だが、お互いろくな言葉を交わし合ったこともないくせに洛冰河の欲望を見抜いていたのが柳清歌だったのだろう。ただの弟子にしては異常な執着――そう、洛冰河は自分が異常なことなどとっくに気付いている――百戦不敗の峰主は野生の勘でそれを嗅ぎ取って洛冰河を蔑むような目で睨んできた。剣を交えていた当時はただ洛冰河を苛立たせるだけだったが、今ならこう思う。
あの男も同種の欲望を沈清秋に対して抱いているのではないか、と。
沈清秋は洛冰河と共に在ることを選んでくれた。だが洛冰河の不安と嫉妬は尽きることがない。なぜなら沈清秋ほど魅力的な人間を他に好きにならない者がいないわけがないし、沈清秋本人は自分に寄せられる好意にあまり頓着していないように見えるからだ。柳清歌との仲を洛冰河が妬いて見せた時も、なだめながらどうしてそのような発想になるのかわからないというような顔をしていた。師尊、本当にわからないのですか。そう言って問い詰めそうになる自分を何度押しとどめたかわからない。言ったところで本当に沈清秋にはわからないのだろう。無可解の毒で乱れた霊力を定期的に足を運んで調整してやり、洛冰河がいなかった頃も頻繁に二人でいたようだ。双湖城で出会った魅音夫人から聞いた話は確かに沈清秋にとっては”それだけ”の話だろう。だが柳清歌にとってはどうだろうか、と洛冰河は思わざるを得ない。
結局洛冰河が長い間秘めていた欲望を嗅ぎ取ったのは柳清歌であり、柳清歌が抱えているのであろう欲望に気付いているのは洛冰河だけなのだ。そしておそらく柳清歌は己の欲望に気付いていないのだろう。もしあの男が自覚して沈清秋にそれを向けてきたら、洛冰河はこう言って詰ってやるつもりだった。
かわいそうな柳師叔。洛冰河は、あなたの言うところのケダモノはその欲望を師尊に受け入れてもらうことができました。私がケダモノなら柳師叔は自分が人間だと思い込んでいる哀れな動物だ。善き友人の顔をして、師尊と二人添い遂げるのを見ながらいつまでも苛々としているのがお似合いですよ、と。
残酷だと人は言うだろうか。だって仕方がないのだ、洛冰河にはもう沈清秋しかいないのだから。

百戦峰から帰ってきた沈清秋は、笑顔で迎える洛冰河を見て首を傾げた。何か気になることでもあるのかと沈清秋は尋ね、あの男と一緒にいたかと思うと気になることだらけに決まっている、と洛冰河は思う。だが洛冰河は笑顔で首を振り、夕餉の支度ができていますと微笑んだ。
今のところ柳清歌を殺すつもりはない。優しい師尊は彼が死んだら悲しむだろうし、沈清秋を悲しませることは洛冰河にとっても本意ではない。あの男が善き友人のふりをし続けるならそれまでは目を瞑ろうと洛冰河は考えるのだった。





拍手[16回]

PR