タキシードジャンクション
「おーおー、付き合ってる相手に贈るプレゼントの余地がある奴は楽しそうでいいなあ」
「聞舟、それは一周回って逆に嫌味に聞こえないぞ」
陶然が休憩中にスマートフォンと睨めっこをしていると、それを見かけた駱聞舟が背後から声をかけ、こんな会話となっている。ちなみに陶然が四苦八苦しながら見ていたアプリは、女の子にプレゼントをあげたいならせめてこのアプリとあのアプリはチェックしてください、と郎喬に無理矢理ダウンロードさせられたものであった。
要するに駱聞舟が何を言いたいかというと、恋人が天下の大富豪である費会長であるため、およそ金で買えるようなプレゼントは無意味であるということを遠回りに嘆くという惚気だ。つい先日も交際記念日に何か欲しいものはあるかと尋ね、安月給の公務員に無理をさせたくありません、と心の底から心配そうな顔で告げられたためキレたところでもあった。無論この程度の苛立ちは普段のじゃれあいの範疇であり、かわりにねだられたいつもよりも手の込んだ料理に嬉しそうな顔をするところを見れば可愛さの方が勝ってしまう。
とはいえ、と駱聞舟は陶然が一生懸命見ている『#彼氏からのプレゼント』だの『#サプライズプレゼント』といったタグのついた画像を横目で見る。恋人に何かロマンチックなことをしてやりたい――例えそれが後々「魔が差した」と思うことになろうとも――そんな気持ちが駱聞舟の胸の内に生じたのだった。
「はい、会長室です。会長に来客ですか?今日はもうアポイントの予定はないはずなんだけど……」
とある夕方、受付から内線を受けた苗秘書は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
費渡から尋ねられ、電話を持ったまま返事をする。
「それが予定にない来客が来られているようで……え?目つきの悪い薔薇の花束を抱えた男……?」
電話口で告げられた伝言に苗秘書はさらに怪訝な顔になったが、費渡は口元を綻ばせ、会長室に通すように言ったのだった。
果たして会長室に現れたのは珍しくスーツに身を包み、片手では抱えられないような大きな深紅の薔薇の花束を持った駱聞舟であった。
「さすがにタキシードというわけにはいかなかったがな」
花束を手渡しながら駱聞舟が照れ隠しにそんなことを言うと、費渡は微笑んだ。
「警察の正装という手もあったのでは?魅力的過ぎて不埒な真似をしてしまいそうだという危険性はあるけれど」
「馬鹿、制服はコスプレじゃない。というかこのあと飯行けないだろう」
「ふふ、そうですね」
この日は夜に一緒に食事に行く約束をしており、ふとした出来心で駱聞舟がこのようなことを思いついたのだった。
目の保養とばかりに会長とその恋人をにこにこと見守っていた苗秘書へ、費渡が声をかける。
「今日はこのまま帰っても構いませんよね?確かもう急ぎの案件などはなかったかと」
「どうぞどうぞ、この前も急な残業でデートをすっぽかした彼氏に聞かせてやるネタが増えました」
「お手柔らかにしてあげてください。こんなに素敵な女性とのデートをキャンセルしたい男性はいませんよ……と」
そこまで言って費渡は隣にいる駱聞舟の方を見た。じっとりと費渡を見つめる視線は、いかにも面白くないという表情だ。
「妬かせてしまいましたか」
「妬いてない。が、妬かれるのもプレゼント、なんて言うなよ?」
「言いませんよ。恋人にはいつも笑顔でいてほしいと思ってますから。……本当に」
駱聞舟はやれやれという顔でため息をつくと、さらりと費渡の髪をひと撫でした。これを信用した、のサインだと受け取った費渡は、今度こそうきうきと駱聞舟の背中を押すようにして会長室を後にした。
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