既視感の正体
最終巻ふんわりネタバレかもです。
前にどこかで会ったことが?というのが使い古されたナンパの文句であることは秦究も知っている。
きっかけはなんだっていい。
強引にいくなら、『人違いでした、お詫びにお茶でもいかがですか?』
歯の浮くような台詞が得意なら、『じゃあもしかしたら運命かもしれませんね』、なんて続けられるかもしれない。
つまらないことを考えながら、ふと秦究は思うのだ。
もしかしたら既視感と恋心は、実は似ているのかもしれない、と。
試験会場の山小屋で、受験生の游惑に会った時に感じた予感の正体は一体何だったのか。
消去しきれなかった記憶の破片が彼を覚えていた、というのが素直な考え方なのだろうが、当時の胸のざわめきを分解してみれば、期待、焦燥、消失感、高揚、一つ一つは合っているようで、ぴったり当てはまる言葉ではないような気もする。
それに一つ、正解の名前を付けるとすれば――
「秦究?」
リビングで誕生日の夕食の支度をしてくれている恋人の姿をぼんやりと眺めていると、声をかけられた。
どうかしたかと尋ねられるので、何でもないと答える。
游惑が怪訝そうな顔をするので、手招きをして隣に呼び寄せる。目元から頬を手のひらでそっと撫でて、秦究は独り言のように言った。
「結局はただの一目惚れだったのかもしれないな」
ただの一目惚れを三回繰り返しただけ。そんな風に表現すれば大変間抜けな男のように感じるが、結果的に彼の手を離さないでいられたらそれでいいのだ。
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