寧嬰嬰の好きな男性
寧嬰嬰には好きな男性が二人いた。一人は師弟の洛冰河だ。清静峰は詩や楽を愛する者が入門してくるものの、やはり男の子は男の子だわ、などと生意気なことを考えていた寧嬰嬰の前に現れたのが光り輝く貴公子のような洛冰河だった。実家が裕福な他の子弟たちと比べるとみずぼらしい身なりをした少年だったが、寧嬰嬰の目には特別に輝いて見えたし絶対にこの師弟と特別な仲良しになるのだと思い込んで阿洛阿洛と毎日のようについて回っていた。大人になった今振り返るとずいぶんと子供っぽいことをしていたと思う寧嬰嬰だが、洛冰河が師姐として自分を慕ってくれるのは格別な喜びだった。もう一人は師尊である沈清秋だ。蒼穹山に入門した頃から沈清秋は厳しく怖い人だという噂は聞いていた。入門の時も寧嬰嬰を一瞥しただけで許可すると一言言われただけだった。洛冰河につらく当たるのだけは何とかしてほしいと思っていたが、それでも寧嬰嬰に対しては優しかったと思うし、自分を見つめる視線、当初は何か邪なものがあるのではないかと構えたこともあったがどこか縋るような怯えたようなものを感じ取った寧嬰嬰はきっと師尊の役に立つ弟子になってみせるのだと意気込んだものだ。いつの頃からか沈清秋は洛冰河を苛めるのをやめ、同時に入門当時からの視線はあまり感じないようになっていた。あれは一体何だったのだろう、と寧嬰嬰は時々考えるが、もはや遠い昔のこと過ぎて確かめるすべもない。また、柔和になった沈清秋のことが寧嬰嬰はとても好きだったし、沈清秋もあまり昔の話は持ち出されたくない様子を見せていた。寧嬰嬰は二人のことがとても好きだった。だから洛冰河が仙盟大会のあとに死んだと聞かされた時は悲しみに打ちのめされる心を奮い立たせて沈清秋の世話をした。どう見ても自分よりも沈清秋の方が洛冰河の死によって受けた衝撃が大きいように見えたからだ。その後もまあ色々あった。沈清秋を誹謗する輩がいたら啖呵を切って反論したし、誤解によって洛冰河が沈清秋を恨んでいると思った時は師姐として叱りつけたし、柳清歌がひどいことを言った時は蹴とばした。峰主の沈清秋はすぐにいなくなったり捕まったりいなくなったり死んだり現れたりいなくなったりする上に百戦峰の子弟たちが洛冰河退治に山門をぶち壊してやって来るので弟子たちは寧嬰嬰を筆頭にてんてこ舞いだったが、沈清秋が清静峰に帰ってきてくれればやはり嬉しく、洛冰河と一緒に師尊にまとわりついて過ごした日々が懐かしく思われた。不在の師にかわって清静峰を切り盛りしていることを沈清秋は誉めてくれ、寧嬰嬰はそのたびに誇らしい気持ちになるのだった。「それなのに阿洛と結婚したことを私たち教えてくれないなんて、師尊も冷たいと思いませんか?」買い出しの帰りに寄り道した茶房で甘味をぱくつきながら口角に泡を飛ばす寧嬰嬰を向かいに座った明帆がなだめる。「まああいつと……結婚、したって言われても我々もどうしたらいいかわからないし」「どうしたらってお祝いするんですよ、師兄!お祝い!」結婚の噂は沈清秋と比較的親しい峰主たち経由で子弟たちの耳に入り、寧嬰嬰はとにかく蚊帳の外にされたことが不満らしい。実はすでに沈清秋に直談判済みらしいがあまり大袈裟なことはしないでくれとやんわり断られたようだ。「昔はみんなでずーっと一緒だったのに、私一人だけ置いてけぼりにされた気分です」頬を膨らませる寧嬰嬰を見て、明帆は少しためらったあと思い切ってこう言った。「し、師妹には俺がいるじゃないか。この先もずっと一緒にいるから……」そう言って俯いてしまった明帆を見て寧嬰嬰は目を丸くしたが、にっこりと笑って言った。「師兄は優しいですね」これが求婚の言葉になったとかそういうことは全くなく、のちのち蒼穹山の代替わりに従って寧嬰嬰は清静峰の峰主となり、明帆は最も経歴の長い子弟として寧嬰嬰を支えるようになった。穹頂峰峰主以外で唯一寧嬰嬰のことを師妹と呼べる人間になったことに喜んでいるとかいないとか。ちなみに沈清秋は愛弟子であり夫である洛冰河とともに隠居したのだが、次期清静峰峰主たっての願いということで断りきれずに隠居前に清静峰の子弟たちに囲まれて盛大な結婚披露宴を挙げさせられたのだった。寧嬰嬰は大好きな人たちの晴れ姿を見て満足そうな笑顔を見せ、隣で仏頂面をしている柳清歌師叔の足を踏んだ。
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