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科学と信仰

残次品二次創作です。

林兄妹のお誕生日にこんな暗い話を……。
双子が生まれた日の林蔚の話で、jj4巻とか番外編(万有引力~)のネタバレになってます。
※ローラ関連の出来事の時系列が間違ってることに気付きました……すいません……でも注意書きだけしてそのまま残しておきます……。静姝がなんでゴードン家にいるかっていう話が完全に抜けてましたね。






林家の双子が生まれた日、白塔の寵児であるローラ・ゴードンは星海の藻屑と消えた。

(人はなぜ己の遺伝子を受け継いだ子を欲しがるのだろう)
掃討戦から帰任した林蔚はその足でローラの遺品調査に向かう途中、育成センターからの連絡を受けた。男女の双子が無事に人工羊水を出て呼吸を始めた、とのことだった。養父であるウルフにだけその旨を連絡し、林蔚は調査開始までの十数分を、周囲の勧めもあってしばしの休憩に当てることにした。本音を言えば休憩などとらずただひたすらに仕事をしていたかった。

体外出産が人類のスタンダードな生殖方法となったあとも、育成センターは子供を持とうとする人々に『親になる努力』を求めた。それはほぼ資格といっても過言ではなく、エデンシステムが文字通り揺りかごから墓場まで面倒を見ると言っても養育者が与える影響を完全に取り去ることは困難だというのが現代に到るまでの結論だそうだ。もちろん林蔚はローラと夫婦として育成センターを訪れたことは一切なく、それぞれ連盟軍と管理委員会の権力を盾に子供を持つことを半ば無理矢理認めさせた形だ。
実子を持つかどうかについては、実は一度尋ねたことがある。
林蔚もローラも養子として育っているので、不自然なアイデアではなかった。ただ、生殖という現象が不可逆過ぎて林蔚は少し怖気ついていたのかもしれない。ローラが実施は不要だと言えばすぐに同意するつもりだった。
しかしローラは言ったのだ。
遺伝的繋がりのある実子は必要でしょう、と。
ふと、林蔚は以前『暗黒物質』が第二星系理工大学の入試論文の話をしていたことを思い出した。曰く、地球時代の人類がトランスクリプトームを解読した時、その約九十八パーセントの機能は全く不明だったそうだ。ではそれらを明らかにした現在ではどうか?遺伝子がどのように人間――性格から生涯まで――を形作るのかわかるのだろうか?結局はわからないのだと彼女は話した。どのような人間が形作られるのかは、これまでの膨大な人類の経験を学習させた計算から予測を立てる方がまだマシらしい。この宇宙のどこかには、人類の未来を完璧に予測できる運命の女神の名を冠した人工知能がどこかに存在する都市伝説があるのだと『暗黒物質』は笑っていた。
そんな情報としては非常な些末である遺伝子なるものを、この時代になってまで重んじているというのは林蔚にとって少し滑稽なような気もした。だがローラは、この政略結婚を完成させるには実子が必要なのだと言い、その後、周囲の反応を見ても彼女の言っていたことはおおむね正しいようだった。林蔚は己の発想が幼稚だったように感じて、やや恥じたものだった。育成センターの書類を申請した時は、本人たちよりもウルフの方が喜んでいたように見えた。
なぜローラのような科学者が実子は必要だと考えたのか、もはや聞くすべはない。
「将軍、そろそろ調査を開始します」
「わかった。今行く」
とりとめのない思考を終わらせて、林蔚が立ちあがった時だった。
着信があり、飛び込んできたのは陸信の声だった。
「子供が生まれたんだって!?水臭いじゃないか、おめでとうと言わせてくれよ」
当然、陸信は今がどういう状況であるか把握していないはずはなかったが、聞こえてくるのは烏蘭学院の教室で他愛もない話をする時のような声色だ。妻のミュラーとお祝いに行かせてほしいなどとこの場に似合わない明るさでぺらぺらと話をする陸信は気を遣っているのだろうが、林蔚は少しほっとさせられているのも事実だった。
「……陸信」
「なんだい?」
「どうして人は遺伝的繋がりのある子供をほしがるのだろう」
自分でも思ってもみなかった言葉が、ふと林蔚の口をついて出た。
「そりゃあ僕だって愛する妻と僕の愛の結晶を……と考えたりするよ。でも君が聞きたいのはそういうことじゃないんだろう?」
「うん」
「ゲノムは情報群の一部に過ぎないとわかっているのに何故人はそれ以上のものを求めるのか?……僕はね、きっと信仰なんだと思うよ。人は今も信仰から逃れられないんじゃないかな」
「あなたにも信仰が?……いや、いい。おかしなことを聞いた」
「おい、林蔚」
陸信が何か言おうとする前に、林蔚は通話を終わらせてしまった。
信仰、と林蔚は一人呟く。
そんな不確定なものに人生を託すことができるのだろうか?自分以外の人間は皆そのようなことをしているのだろうか?
ローラはこの世界に信仰があることを知っていたのだろうか?

何もわからない臆病な子供のように林蔚は調査室へと向かったのだった。


◇◇◇


「……それで、あの時君たちのお父さんに聞かれたことを僕はまだ覚えていてね」
『陸信とミュラーの家』のリビングには、一歳になったばかりの双子の兄妹が来客として座っていた。
彼らが生まれた日以来、まともに林蔚の顔を見ていない陸信は、一歳の誕生日を祝ってくれる両親がいないことを気にかけ、せめて自分の家でパーティをしようと言い出したのだった。遅れてウルフもやってくる予定だ。
もちろん一歳の彼らはまだ陸信の話していることを理解できず、目の前のかわいらしくデコレーションされたケーキに興味津々といった様子だ。
陸信はソファーで隣に座るミュラーの手を握りながら呟いたのだった。
「強いて言うなら、僕の信仰は人類の可能性だ。……初めて第八星系に足を踏み入れた時からね。いつか君たちが大きくなったら、またその話をさせてくれるかな」


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