忍者ブログ

my girl

残次品二次創作。
陸林が出てこないタイプの話で、勝手な創作多め。
本編後半(……は読んだ人しか気付かないネタ)や18年後番外のネタバレあります。









その日は第八星系独立軍付属軍学校と第一星系にある烏蘭学院の合同演習の日だった。
首都星沃托の復興に伴って星系間での交流も増え、軍事的にも友好関係を築くためにという名目で開催されることとなった行事の一つだ。一時は軍学校とは名ばかりで卒業生のほとんどは軍とは無関係の進路を選んでいた烏蘭学院だったが、皮肉なことに八大星系を襲った戦禍によって被災し、再び軍学校としての役割を取り戻したのだった。
二校は順番にお互いの星を行き来しての演習を行っており、今回は第八星系から学生たちが第一星系に出向く番であった。
「果果、楽しそうだね」
「だって試験じゃないもん!」
友人にそんなことを言われ、陸果は元気よく答えた。
数ヶ月前の考査で実父、もとい独立軍統帥から辛辣な点数を頂戴した陸果は、成績表を手にした時のショックからはすっかり立ち直ったようだった。ちなみに実技考査で及第点に届いた学生の数がゼロだったため、担当教員が努力点を加算してくれたおかげで全員が落第するような事態には陥らなかった。その処置を聞いた統帥も特に何も言わなかったとか。
伝統ある烏蘭学園の格式あるスタイルの訓練に休憩のたびに肩が凝ったと言い合っていた第八星系の学生たちだが、両校の交流もこの行事の目的の一つであるため、いくつかの訓練を共にこなすうちにそこかしこで星系の距離を越えた交友が生まれつつあった。
赤ちゃんの頃から人見知りをしない性格に加えて、どちらかといえばもう片方の父親譲りのハンサムな容貌ですぐに人気者になった陸果はのびのびと星間交流を楽しんでいたが、休憩中にふと演習場の外を見ると学院の生徒や教員ではなさそうな中年の女性の姿を見かけた。
「誰かのお母さんかなあ。見学に来たのかな?」
誰にともなく陸果が呟くと、近くにいた第八星系の友人が笑った。
「学校って言ったって、あの烏蘭学院だよ?家族だって簡単には見学なんてさせてくれないよ」
友人の言葉に確かにと頷きかけた陸果だったが、先ほどから陸果と仲良くなる機会を伺っていたらしい烏蘭学院の生徒たちが近付いてきてこんなことを教えてくれた。
「あれはうちの前の校長だよ。もう退職しちゃったけど、でも部外者じゃないからね」
「なるほど」
若い学生たちを見つめるその女性の眼差しはどことなくうら寂しげで、エリート軍人の揺りかごと呼ばれた烏蘭学院の元校長という肩書は、その雰囲気からはあまり想像しにくいように思われた。
すると烏蘭学院の生徒たちはあまり他言しないようにとでも言うように、声を潜めて陸果に話してくれたのだった。
「あの人の息子さんも当然うちの学院の卒業生、しかも名誉卒業生なんだけどあの戦争で亡くなったらしくて」
「それ以来校長の仕事ができなくなちゃって、でも退職しても時々こうして学生の訓練を見に来てるんだって」
こんな話を聞いていた陸果だったが、突然おもむろに自分の時計を見てから尋ねた。
「ねえ、休憩時間てあと何分?」
「十五分くらいかな」
「私、ちょっと行ってくる」
「行ってくるって!?」
「あの、陸果さん、よかったらもう少しお話を……」
呆気にとられている友人や名残惜しそうな顔をしている烏蘭学院の生徒たちを置いて、陸果は昼食の弁当を掴むとその女性の方へと駆けて行った。


「こんにちは、おばさん。よかったら一緒にお昼ご飯食べませんか」
「……あなたは……?」
「第八星系から合同演習に来ました!」
「そう、第八星系から……」
怪訝そうな彼女をよそに、陸果はベンチの隣に腰かけてお茶を飲み、弁当の包みを開けた。陸果から笑顔でリンゴを手渡されたその女性は呆気にとられながらも勢いに押されて思わず受け取ってしまったようだった。
「いつも見に来てるんですか?」
「時々ね」
「うちのお父さんも心配性だからよく見に行きたいって言ってて、もう一人のパパによく止められてて」
可笑しそうに陸果がそんな話をすると、女性はどこか遠くを見るように言った。
「それは当然だわ。子供には立派になってほしいけれど、結局は無事でいてほしいから」
彼女は陸果の方を向き、尋ねた。
「あなたのご家族は軍学校に入ることを反対しなかった?」
「うーん、反対っていうのとはちょっと違うかな……」
陸果はしばし考え、こう答えた。
「老陸は他に行ってほしい学校があったみたいで、でも仕方ないねって笑ってた。もう一人のパパは何も言わなかったんです」
だけど、と陸果は一旦言葉を切って、また口を開いた。
「『自分には止める資格はないから』って私たちの知らないところで言ってたって、湛盧がこっそり教えてくれました」
「湛盧……?」
第一星系で軍に関わる者であれば、その名を聞いて思い浮かべるのはただ一つだ。
女性はもう一度陸果の顔を伺い、美しく輝いている灰色の瞳を見た。
「あの、あなたのお父さんの名前を、」
そう言いかけた時、陸果のクラスメイトが大声で陸果のことを呼んだ。
「果果!!午後の演習に遅刻するよ!!」
「はーい!今行く!!ごめんね、おばさん。私もう行かなくっちゃ!」
勢いよく立ち上がった陸果はそのまま駆けていってしまい、その質問に答えられなかったが、しかし彼女は確信を得たかのように一人呟いた。
「……そう、あの子は彼の……」



その晩、女性は元教え子に手紙を書いた。あまり多くは語らず、第八星系軍学校との合同演習を見学しに行ったことと、第一星系に来る機会があればよければ息子の墓参りをしてほしいことを記した。
果たして数年後、第八星系独立軍統帥はこの時よりも大人っぽくなった娘を連れて彼女の元を訪れた。息子の墓標の前で黙祷を捧げる彼に、彼女は語りかけた。
「あなたが私と同じ気持ちを味わうことがないようにするにはどうしたらいいかしらって考えたの」
自分の子供だけを守ることはもしかするとできるかもしれない。だが、時に社会情勢はそれを許さないものだ。
「あまり私にできることはないかもしれないけれど……、復職をしようかと思って」
「ああ、それは心強い」
それは決して皮肉でもなく嫌味でもない、心からの言葉のように聞こえた。噂に漏れ聞く『優しい灰色の瞳』は嘘ではなかったようだ、と彼女はかつての教え子を見て静かに微笑んだのだった。

拍手[0回]

PR