除夕
本編後の翌年くらい?の舟渡。
「師兄、お母さんが帰る時に買ってきてほしいものがあるって」
駱聞舟が大あくびをしながらリビングに出てくると、コーヒーを飲んでいた費渡がスマートホンの画面を見てそう言った。昨夜は駱聞舟によって散々可愛がられたはずの費渡の方がさっさと起き出しているというのは別に費渡に体力がついたわけではなく、それ以上に駱聞舟が寝汚いというだけの話である。もっと言えば普段の休日ならばもっと遅くまで寝ている駱聞舟がこの時間に起きてきただけでも偉いと言える。というのもこの日の二人は午前の内に家を出て駱聞舟の実家に向かう予定があったからだ。
何ということはないように費渡が穆小青のことを『おばさん』ではなく『お母さん』と呼ぶのは何度聞いても駱聞舟の胸の内を温かくさせた。しかし引っ掛かるものは引っ掛かるのであり、
「それはいいが何でうちの親は実の息子を差し置いてお前に連絡を寄越すんだ?」
費渡の淹れたコーヒーをブラックで流し込みながら駱聞舟は顔を顰めた。
「朝のうちに実の息子に連絡しても無駄だと知っているからでは?」
「………」
これは完全に費渡が正しかった。
咳払いで反論できないのをごまかすと、駱聞舟は話題を変えた。
「費渡、正月はうちで過ごすので本当によかったのか」
「うん」
費渡が駱聞舟の実家に滞在するのはこれが初めてではないが、今回は両親、とくに穆小青が何日か泊まっていってほしいと強く誘ったために、二人で数日間滞在することになったのだった。駱聞舟としても両親が費渡を息子のように迎え入れてくれること、費渡の方もそれを受け入れていることを嬉しく思っていた。だがつい最近、郎喬の既婚の友人が夫の実家にばかり連れて行かれてうんざりしていると愚痴を言っているという話がついつい耳に入り、駱聞舟としてもやや心配になった。
「もし俺に気を遣ってるんだったら……」
「僕がちゃんとあなたに気を遣えててるってやっと認めてくれて嬉しいな」
「……お前は」
費渡が混ぜっ返すのを駱聞舟が窘める。少し目を伏せた費渡はコーヒーカップを置いて、テーブルの向かいにある駱聞舟の手に両手で触れ、指先で手の甲を辿った。
「時々、家の中の子供の気分を味わうのもいいなって思ってる。これは本当だよ」
「費渡……」
いつも人を食ったようなことを言うくせに、費渡が垣間見せるいじらしさに駱聞舟はいつも何も言えなくなってしまう。
すぐに費渡は駱聞舟の目を見つめながら悪戯っぽく笑った。
「でもあなたが気にしてくれるのなら、次は二人で旅行にでも行こうか」
「どこに行く?」
「ドバイに二週間くらい」
「……それは正月明けに埠頭で俺の死体が上がりそうな提案だな」
刑偵隊の面々の顔が思い浮かんだのか、費渡はそれを聞いて可笑しそうに笑った。
そうして二人は朝食の片付けをすると、二匹の猫たちをケージの中に収めにかかった。新入りの費銭の方が比較的おとなしく中に入ったせいで駱聞舟に嫌味な視線を向けられた駱一鍋は不服そうな鳴き声を上げたのだった。
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