テネシーワルツ
本編終了後、第一星系のダンスパーティに行くことになった陸林。
「第一星系でパーティ?」
「そう、復興記念だって。君も一緒に招待されてる」
陸必行は自分の元に届いた招待状を投影して見せながら頷いた。
リビングのソファーでくつろいでいた林静恒はいかにも面倒だという表情になった。
「あんまりこういう形式ばったパーティに行ったことないんだけどな。君はあるんじゃない?」
「まあ何度か」
林静恒の表情を伺うに、あまり楽しい思い出ではないようだ。そもそも林静恒がこういった集まりを楽しむようなタイプではないのだが。
「ただ……格登なんかはよく出席してただろうが、軍の人間は行けないことの方が多いからな」
連盟政府の大秘書長夫妻は確かにこういう機会は多かっただろうと陸必行も想像するが、格登の名を口にする前の一瞬の躊躇いは、林静恒がまだ口にしづらいのであろう人物のことを思い起こさせた。
「行くのか?」
「まあ一応顔は出そうかな。元々復興式典の方に参加する予定だし」
第一星系の市民らが主導する復興イベントの方には心を寄せている陸必行だが、いわゆる上流階級の人間が集まるような場にはあまり気乗りがしないようだ。
「君が行くなら俺も行こう」
「それは心強いな」
すると二人の会話を聞きつけた湛盧が、さっそくそれぞれのフォーマルな装いの準備を張り切り始めたのだった。
パーティ当日、ホテルのバスルームで髪をセットして出てきた陸必行は、着替えの済んだ林静恒の姿を見て感嘆の声を上げた。
「ワーオ、てっきり君もタキシードかと思ったら」
林静恒が着ていたのは軍の礼服だった。
「……これは連盟軍の?」
やや複雑な気持ちで陸必行が尋ねると、林静恒の肩のロボットアームが代わりに返事をした。
「陸校長、こちらは僭越ながら私がご用意させていただきました」
第八星系軍はこれまで式典でもあまり格式ばったことはせずに通常の制服で参加していたため、これを機に新しく仕立てたのだという。
「すごいよ、湛盧。静恒、君も王子様みたいだ」
陸必行のはしゃいだ声に、林静恒がやれやれという顔をする。
そして二人は湛盧の運転する車で会場に向かったのだった。
形式ばった場はあまり経験がないと言っていた陸必行だったが、社交的な性格のおかげでとくに問題なくパーティの時間は過ぎていった。有名人である林静恒も遠巻きに視線を多く感じたが、敢えて近づいてくる度胸のあるような者もほとんどおらず、陸必行の挨拶の横で時々頷いているだけでよかった。
「みんな君に話しかけたがってるみたいだけど?」
「それならそう言えばいい。別に俺は拒絶しているつもりはないが」
「まあ僕は君を一人占めしているみたいで気分がいいね」
陸必行がそんな軽口を叩いていると、流れている音楽の雰囲気が変わった。
「何か始まるのかな」
すると、林静恒が顔を顰めて言った。
「……ダンスの時間だな。第一星系、とくに沃托出身のやつらはこういう旧時代的なものが好きで困る」
「ああ、なるほど」
音楽が変わるのと同時にそわそわとした視線が二人を取り巻き、陸必行は納得した。
「昔は君も誰かに誘われたらダンスをしてた?」
「どうして俺が誰かを誘うとは思わないんだ」
林静恒の冗談めいた切り返しに陸必行が笑う。
今でこそ性格が少しだけ丸くなったと言われる林静恒ですら親しい者以外は近付きがたいと思われているのに、いわんや往年の林静恒上将をや、だ。
「必行、君のダンスのお相手をとご婦人たちが待ち構えているが?」
「僕じゃなくて君かもよ。まあ、なんにしろお断りをしないといけないのは心苦しいけど……」
そこで言葉を切って、陸必行は林静恒の方を見る。
「ただ、一人一人お断りしなくてもいい方法があると思わない?」
「……」
陸必行の言わんとすることに気付いた林静恒がなんとも言えない顔になる。
「私の将軍、今夜は私をエスコートしてくれませんか?」
流れている音楽がワルツに変わり、林静恒は陸必行の手をとったのだった。
林静恒の背に手を回しながら、陸必行が笑った。
「言ってみたはいいものの、実は君にダンスの心得があるとは思ってなかった」
「……烏蘭学院でやらされるんだ」
苦々しい思い出だとも言うように林静恒が答える。林静恒の声に合わせて一生懸命ステップを踏む陸必行の耳元で、林静恒が囁く。
「足元じゃなくて俺の方を見て」
「それは指導?誘惑?」
「さあ、どっちかな」
陸必行のきらきらとした瞳を見て笑った林静恒だったが、ふと何かを思い出したかのように表情が硬くなった。
そして横目で何かを確認すると、苦い顔になった。
「どうしたの?」
「……湛盧に余計なことをするなと言い忘れた」
先ほど林静恒が視線をやった場所を陸必行も確認すると、そこにはどこから機材を持ってきたのか一人撮影クルー状態になっている湛盧が二人のダンスを一秒たりとも逃さず記録に収めようとしているところだった。
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