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歯は大切に

二哈二次創作。
虫歯予防デーということで玉衡長老と貪狼長老の話を……。






「楚晩寧、もっと口を開けろ」
「………」
「今さら隠したところで意味がないだろう。ほら観念しろ」
「………」
貪狼長老の棘のある言い方にムッとしながらも、歯の治療をしてもらう手前、仕方なく楚晩寧は大きく口を開けた。誰にも言ったことはないが楚晩寧の好物は甘いものであり、死生之巅に来てから好きなだけ食べていたら虫歯になってしまった。最初のうちは隠そうとしていたものの、楚晩寧がいつもに増して顰めっ面をしているので薛正雍が不審に思い、根気よく聞き出して発覚したというわけだ。治療のためには仲の悪い貪狼長老の世話にならなければならず、また痛みを耐えることには慣れている楚晩寧だったので我慢できると言い張ったが、放置してはますます悪くなるという薛正雍の説得により、治療をうけることになったという顛末である。
「しかし甘いものの食べ過ぎで虫歯とは、まるで子供のようだな」
「………」
口を開けて治療をしてもらっているので反論できないのをいいことに、貪狼長老は嫌味を言い続ける。
「甘いものを食べすぎてはいけないというのは五歳の子供でも知っているぞ」
「……」
普段ならば貪狼長老の嫌味など跳ね除けるところだが、この言葉は少しだけ楚晩寧の心の奥を刺した。しかし楚晩寧の生い立ちなど知らないであろう貪狼長老に他意はないのだろう。楚晩寧は日頃から甘いものをねだっては親に窘められるような子供時代を送ってはおらず、死生之巅にやって来る前も時々祝い事などで菓子をもらうことはあれど、それほどたくさん食べる機会があったわけではない。
死生之巅はどうも食べることが好きな人間が多いようで、孟婆堂では食事時になると子弟たちが美味しそうな匂いをさせた食べ物を皿いっぱいに乗せては楽しそうに食事をしている。楚晩寧も死生之巅に来てから好きなものを好きなように食べてよいのだということに気付き――その結果が現在なのであるが――、仕事や読書や工作の合間に甘いものを口にするようになったのだった。
「さあ、どうだ。少しはマシになっただろう」
「ああ」
「こっちの薬は痛み出したら歯に塗ること。数刻もすれば落ち着くだろう」
「……助かった」
まだ少し痺れる口で小さな声で楚晩寧が礼を言うと、貪狼長老は腕を組んで言った。
「たかが虫歯とはいえ、下手をすると大病の元になることもある。我慢強いのは結構だが親しい者に心配をかけるな」
「別に私のことを案じるような者はいない」
楚晩寧が一蹴すると、貪狼長老はため息をついた。
「楚晩寧、お前もこれから弟子をとるのだろう。自分の健康管理ができないと弟子に示しがつかん」
「弟子か……」
少主の薛蒙にはさっそく懐かれているが、楚晩寧はこれから自分に弟子が増えていくところをうまく想像できずにいた。自分のもとに弟子入りしたいという酔狂な者がそんなにいるのだろうか?
これ以上貪狼長老と長話をするつもりもなかったので薬を受け取って辞すると、足早に自室に戻った。





「師尊?」
楚晩寧がふと昔のことを懐かしみながら甜豆乳を口にしていると、墨燃に顔を覗き込まれた。山を下りて買い出しのついでに二人で食事をしていたのだが、先日ちょっとした用事で貪狼長老からの便りが届いていたので妙なことを思い出したのだろう。あれ以来楚晩寧は癪ではあるが甘いものを食べるのを控え、今では食べるものについては墨燃が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので虫歯はもちろん食べ物関係で体調を崩すこともない。
あの当時の自分に弟子とこのような暮らしをしていると聞かせても信じないだろう、と想像すると可笑しく、楚晩寧は一人で小さく笑った。
墨燃は首を傾げながらも目を細めて楚晩寧の口元についた豆乳を親指の腹で拭ってやったのだった。



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